日本画家 井木紫人について

2002年、素晴らしい金魚(らんちゅう)と出会いました。
らんちゅうの模様や泳ぎ、美しさ、形、すべてに魅かれました。
それから「誰も描いたことのない金魚画を描きたい!」
と思いはじめ伊藤若冲の鶏ように家の庭で本格的に金魚を飼い始めました。
より自然に近い形で飼育し本格的な飼育方法を学び試行錯誤を重ね、本当の金魚の楽しみ方を知りました。
そのすべてを絵にすることこそが自分の進むべき道だと考えました。

〜掲載誌とご購入について〜
日本画家 井木紫人の作品購入については(株)美術新星社 発行『美術市場2013』、株式会社美術年間社の『美術年間 art annual 2013』掲載に基づき1号=¥35,000よりとさせていただきます。

ART studio GENCOについて
『アートスタジオジェンコ』はイラストとデザインを中心としたブランドです。井木紫人は日本画、ジェンコはイラスト&デザインです。日本画作品とは価格が異なっております。



お問合せ先 ranchiu@hm10.aitai.ne.jp
日本画家 井木紫人

2011年6月30日木曜日

古典落語の名作 「たちぎれ」

 とある船場の商家。ここの若旦那が友達に誘われていったミナミで出会った置屋「紀の庄」の娘で芸妓・小糸に一目惚れをした。それまで女を知らず働いていた大人しく誠実な若旦那、たちまち小糸に入れあげるようになってしまった。店の金にまで手をつけるに至り、親族会議の結果、番頭の案により店のに百日押し込め、二人を逢わせないようにした。しばらくして小糸の店から手紙が来る。番頭が受け取り若旦那に見せないようにした。当然若旦那からの返事はない。次の日、明後日、明々後日と手紙は来る。一枚二枚四枚八枚と来る。しかし返事はない・・・の繰り返しで、店の前に店の小者目当てに屋台ができるほどに来ていた手紙が、80日で来なくなった。番頭これを見て「色街の恋は80日か、冷たいもんやなあ・・」

 そして百日が過ぎ、若旦那が蔵から出てきた。店と若旦那への忠義からこのような処置をした番頭に恨みの言葉をかけるでもなく、むしろ感謝の意を示した若旦那、外に出たいという。その前に・・と番頭、若旦那に溜りまくった小糸からの文を見せた。その最後に、この文をご覧に相なりそうろう上には即刻のお越しこれ無き節には今生にてお目にかかれまじくそろ かしく 小糸とあった。 若旦那さっそく天満へ出かけるといって、丁稚を連れて出かけていった・・が、途中で丁稚を撒き、紀の庄へ。若旦那はそこで店の女将から位牌を出され、「位牌なんてもろても・・・ん、俗名小糸・・小糸!?」 そう、小糸は死んでいた。若旦那が蔵に押し込められる前日、芝居を見る約束をして、楽しみにしていたが来ない。文を出す。来ない。その繰り返しで、店の芸者や従業員まで協力して物量作戦で文を出したが来ない。そのうちに小糸は恋煩いをこじらせ、何も食べ物を受けつけなくなり、あの最後の文を出した次の日、若旦那が誂えてくれた三味線を弾いて、死んでしまった・・・。という事実を聞かされ、若旦那、号泣。たまたま今日は小糸の三七日(みなぬか)、これも何かの縁と、位牌と三味線を仏壇に供え、手を合わせたその時!友達の芸者が「小糸ちゃんの三味線、鳴ってる!」何と誰も弾くことなしに、三味線から若旦那の好きな地唄の「」が流れてきたのであった。若旦那これを見て泣きながら「病気と知っていたら蔵を破ってでもお前のもとに行ったのに・・小糸、許してくれ。私は女房子供の名のつくものは絶対もたん、結婚せえへん」と誓った。その時、小糸の(霊が弾いていた)三味線の音が止まった。不思議に思って仏壇を見ると・・・。「若旦那、いくら言っても小糸、もう三味線弾かしまへんわ」 「なんでや」

「仏壇の線香が、たちぎれでございます」

2011年6月28日火曜日

平田郷陽 作「粧ひ(よそおい)」

おおおーーー、展覧会アプリで発見!
佐野美術館 7月10日まで。
「絶対に観に行く!」
平田郷陽展。
 以前からどーしても、観たい作品がありました。
平田郷陽 作「粧ひ(よそおい)」。
夏の風呂上がりの女性の姿。
火照った肌の色はまさに、お風呂あがり。
胡粉マジック!
見よ!この表情。
人形だよ、これ。
情景は、今から出かける前の装いなのである。
一本一本髪の毛が植えられてるのだ。
丸髷は既婚女性の髪型。

 まるでそこに居るかのような装いと写実。
一重の着物から透ける色気。
そこに観る郷陽の芸術における挑戦があった!

 かつて人形は芸術として認めてもらえない時代がありました。
人形は玩具であり、芸術作品ではないと言われていたのです。
では彫刻はといえば、芸術作品だったのです。
ここに平田郷陽の心に火が着いた。
本来人形の身体は「針簿て」。身体まで彫らないのである。
郷陽は人形作品でもここまで表現できるのだ!と作品に心を込めたのである。
人形を芸術の域にまで到達させたのが、平田郷陽なのである。
「熱い!」

「粧ひ(よそおい)」は、昭和6年の作品。
なんと80年前の作品。
今観ても、見劣りしないね〜

2011年6月26日日曜日

挿絵と気合い、一発!

6月25日(土)の朝刊『中日新聞』の16ページをご覧くださいませ。
「らんちゅう、泳いでます。」

 いつも応援してくださり、ありがとうございます。わたくし井木紫人は、日本画をはじめて今年で20年が経ちます。これまでやってこれたのは、いろいろな人との関わりや勇気、励ましによる応援のおかげでやってこれました。今後も変わらず、コツコツと絵に精進してまいります。今後とも宜しくお願いします。今回の掲載は「今も、まだやってるよ!」ってアピールを込めて掲載させていただきました。名前を聞かなくなると、あの人まだ絵をやってるかな?なんて思われがち。20年経っても変わりませんが、少し上手くなったくらい。それでもまだまだプロになる野心はもってます。人生の折り返しです。もう一丁!人生気合い入れ直してがんばりまっす!

こちらのBLOGでも紹介してくださいました。
あざっす!
「今や世界の『ゼロエンジニア』でございます。」
http://www.zero-engineering.jp/index.html

2011年6月18日土曜日

Collaboration Zodia

http://www.zodia.biz/

「遠く、未来を見つめています。
もっと!もっと!飛躍されるようにとイメージさせていただきました。」

 彼とは 3年前に出会いました。
親友の紹介でした。
親友同様、わたしも彼の情熱や魅力に魅かれていきました。
その後いろんな形で彼との関わりが深くなりました。
彼との関わりの中でわたしが見た、感じた、彼自身のイメージを形にした姿がこれになりました。

「グリーンイグアナ」
こんな顔、身体してても草食動物です。
草や果物、花を食べます。
見た目と違います。
強持てだけど、お酒飲みません。
チョコレートが大好き。
心熱く、人情のある男です。
印象と違いました。
情熱のある男です。
・・・・そんなイメージ。

もっと世界へ未来へ。

Collaboration Between Zodia × Iki shijin.



2011年6月16日木曜日

終了 (Sold out)しました。

 これをもちまして「20周年記念らんちうTシャツ」の注文を締め切らせていただきます。
そして終了させていただきます。

https://picasaweb.google.com/116133187008065383283/20T

トータルで30枚ほど注文いただきました。
無理矢理、わたしの希望で色と生地を指定して作っていただいた方もみえます。
ありがとうございました。
当初から赤字覚悟で作らせていただいております。
そろそろわたくしの財布も悲鳴をあげはじめました。
よって打ち止めとさせていただきます。
もともと儲けようと作ったわけではありません、わたしの絵は高すぎて買えない方や絵を気に入っていただいた方たちにと考え作ったモノです。
そんな方たちの手に届いたのなら幸いと考えております。
どうぞ、たくさん着てやってください。
本当にたくさんの注文ありがとうございました!

 今後とも日本画家 井木紫人、益々、精進してまいりますので宜しくお願い致します。
次の10年後の30周年は、何をやろうか?楽しみです。もしかしたら大々的に個展を行うかもしれません。そん時はもっとオモシロい物作りたいですね。ハハハハハハハハハ!

 今年10月に豊田市で『三裕会展』が行われます。
どうぞその際には「らんちうTシャツ」着て来てください。
もちろんわたくしも着てます。
「らんちうTシャツ!あつぅまぁ、れェェーーーー!」

2011年6月13日月曜日

思いを継ぐ

 遠くからお客様が展覧会を観に来てくれました。
とても応援してくださるお客様です。
数年前にお父様を亡くされました。
そのお父様の遺品でございます。
「タミヤニュース」。
 きっちりファイリングされてます。
1968年から田宮模型から発行された『タミヤニュース』です。
 その昔小5の頃、田宮のプラモ買うと設計図の中に、これ入ってましたよね。
子どもの頃は難しくてポイッ!と捨ててました。
少々興味はありましたが、漢字が難しくて内容も理解できなかったんですよね〜
それがキッチリ、まとめられてます。
そんな大切な遺品をいただきました。
家族は興味もないし大切にしてもらえるなら、父も喜びますとのこと。
「大切にします!」
 な、な、な、なんと!
調べたら、こんな本が出版されてました。
さすが!田宮!「タミヤニュース」のよりすぐりの一部をチョイスした本のようです。
タミヤニュースって、こんな感じです。
この人初代社長なり。

この人とは、2年前に会いました。

2011年6月9日木曜日

中日新聞

 6月9日「中日新聞/朝刊」14ページに掲載されてました。


2011年6月7日火曜日

はじまりはじまり

 さて、いよいよ彩画展がはじまりました。
今回は8階J室です。


2011年6月6日月曜日

2011-稚魚

 5月初旬の仔。
なんとなくランチュウの身体となりました。

残念なのは、7腹中2腹しか受精せず。
2歳魚の親の未熟さを感じる。

そして自分の力と知識の至らなさを痛感させられる、2011年の春。
毎年が勉強。
コツコツの繰り返しナリ。
来年またガンバリます。

紙張り

恒例の紙張りです。

 4号、6号、8号の準備。
天気も良く、よく乾いて気持ちよかったですね。

2011年6月5日日曜日

新作へ

 そして次への作品へ
また、紙張りからです。
4号、6号、8号を張り込みます。
次回の展覧会は10月にあります。
豊田市です。
しかしながら、この作品は飾りません。

<朗報>
 実は来年春、日時は決定してませんが、3人展をやる予定です。
1部屋を借り切って、3人で分けて行う予定です。
その時は普段描かない、小さい作品を用意する予定のため今回の紙張りとなります。
ただいま、下描き、ネタを思案中なのです。

2011年6月4日土曜日

完成後のつけ

 いや〜、100号なんとか完成しました。
後は運送会社にまかせて搬入日まで待つだけです。
 
 日本画はパレットを使いません。
お皿に絵具と膠、水を混ぜて手で練るのが日本画の色作り。
一色一色づつ作っては塗るんです。
乾いては塗る、描くの繰り返し。
なので、たくさんのお皿となります(これは一部)。
完成後の皿洗いが大変のなんのって・・・。
ほんと!コ、コ、コシが、い、た、い、、、、、